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by norikoosumi
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第一話:脳についての基礎知識

(「安全と健康」2010年1月号「正しく知ろう!脳について」掲載)

はじめに
巷(ちまた)では「脳科学」がブームといわれている。「脳トレ」は相変わらず人気があり、テレビのバラエティー番組でも脳について取り上げられることが多々あるようだ。そのような中で「右脳人間・左脳人間」などのように、似非(えせ)脳科学的な言説も溢(あふ)れている。この連載では、現役の基礎脳神経科学者の語る言葉として、脳についてのなるべく最先端かつ正しい知識をお伝えしていきたい。今回の第一話はまず「脳についての基礎知識」である。
 人は高い知能を備えたために、「ただ生きるため」、「繁殖して子孫を残すため」以上のことにも血道を上げる動物だ。文化を生み出し科学技術を発展させることができたのも、高度な神経機能のなせる業(わざ)である。複雑な「こころ」のありようまで、現時点の脳科学ですべて説明できるとは筆者は考えていない。しかし脳について知ることによって、種々の感覚がどのように認知されるのか、記憶や学習はどんなメカニズムでなされるのか、それらが破綻するとどんな病気になるのか、脳を健やかに育(はぐく)み維持するにはどうしたらよいのか、そのようなことを理解できる。だが、そもそも人が脳について知りたがるのは、「われはどこからきてどこに行くのか」という根源的な問いを持っているからかもしれない。かつて哲学で議論された問題について、21世紀では脳科学によって挑戦しようとしている。





脳は身体の一部
 当たり前のことではあるが、脳も身体の一部である。頭蓋(ずがい)といわれる骨の中に守られており、脊髄(せきずい)とはつながっていて、髄膜と呼ばれる3層の膜(外側から硬膜、クモ膜、軟膜)に覆われている。髄膜の中にも、脳そのものの中にも血管が張り巡らされており、脳の細胞に酸素や栄養素を供給している。つまり、脳は全身とつながっているのだ。

脳の中の細胞たち
 脳の中には約1,000億の神経細胞(ニューロン)が存在するといわれている。実は、脳の中の細胞には神経細胞以外の細胞があり、グリア細胞(神経膠(こう)細胞)と総称される。この名前は「膠(にかわ)のように神経細胞の隙間(すきま)を埋めている細胞」という意味に由来する。グリア細胞には、アストロサイト(星状膠細胞)、オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)、ミクログリア(小膠細胞)の3種があり、中でもアストロサイトは神経細胞の数倍の数がある。この他に、脳の中には血管系の細胞も多数存在する。したがって、脳は「神経細胞が構築した回路である」というイメージは、実体を単純化しすぎていて必ずしも正しくない。

神経伝達を行う神経細胞
 神経細胞もいわゆる「細胞」であるから、細胞の基本構造を備えている。例えば、遺伝情報を担う染色体DNAは「核」といわれる球形の区画に詰め込まれており、細胞の周囲は「細胞膜」といわれるリン脂質の二重膜で覆われている。ただし、神経細胞は「神経伝達」を行う細胞として非常に特殊化している。例えば、「樹状突起」と呼ばれる、木の枝のように張り出した突起を有し、この部分で「入力信号」を受け取り、「軸索」と呼ばれる長いケーブル状の突起を有して、次の神経細胞へと「出力信号」を送る。次の神経細胞と接する部分は「シナプス」と呼ばれる特殊な構造となっている(次回以降にも「シナプス」は頻繁に出てくるので注意!)。1個の神経細胞の中を伝わる信号は電気的なものであるが、隣の神経細胞に伝わる際には、いったん化学的な信号に変換される。この「化学信号」がすなわち「神経伝達物質」という分子である。具体的には、グルタミン酸、GABA注)、ドパミン、セロトニンといった名前が付いていて、それぞれ違った働きをする(どこかで名前は聞いたことがあるような……!?)。

神経細胞を助けるアストロサイト
 アストロサイトは「星のように」多数の突起を持った細胞である。神経細胞は血管とは直接には接しておらず、アストロサイトがその仲立ちをしている。つまり、アストロサイトはお母さんのように栄養素等を神経細胞に供給するのだ。アストロサイトはまた神経細胞同士が接するシナプスの部分にも自身の突起を伸ばし、神経伝達を調節する働きがある。シナプスに放出された余分な神経伝達物質を吸収するのもアストロサイトである。まさに八面六臂(はちめんろっぴ)のようなマルチな働きをしている。

髄(ずい)鞘(しょう)を形成するオリゴデンドロサイト
 オリゴデンドロサイトの重要な働きは、神経細胞の軸索に巻き付いて、ケーブルの絶縁体を構築することである。軸索の中を電気信号が伝わる際に、「漏れ」があると神経伝達効率が悪くなる。これを改善できたのはオリゴデンドロサイトのお陰である。オリゴデンドロサイト(それにしても日本語だと長い名前ですね〜)の細胞の一部が軸索をロールケーキのようにぐるぐると取り巻くことにより、「髄鞘」と呼ばれる構造が形成される。髄鞘はオリゴデンドロサイトの細胞膜で構成されているので、リン脂質の細胞膜が何重にも巻かれることにより絶縁体として働くことができるのだ。ちなみに、髄鞘がない神経伝達のスピードが自転車程度なのに対し、髄鞘が形成されると新幹線並みになる。

お掃除細胞のミクログリア
 ミクログリアはもともと脳の細胞ではない。実はリンパ球などとは親戚(しんせき)筋にあたる免疫系の細胞であり、いちばん近い仲間はマクロファージと呼ばれる「お掃除細胞」だ。ミクログリアは脳の健康状態を見張っていて、何かダメージがあるとその場所に緊急出動し、死にかけた細胞などを食べて周りに悪影響がないようにお掃除する。

以上がこのシリーズのための基礎知識である。次回は「脳の発生」つまり、脳はどのようにして作られるかについてお話しする。
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by norikoosumi | 2010-07-26 11:55 | 正しく知ろう!脳について
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