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第五話:いくつになっても脳細胞はつくられる

(「安全と健康」2010年5月号「正しく知ろう!脳について」掲載)

はじめに
 かつて、脳細胞は3歳の時点が数のピークで、後は死んでいくだけと考えられていた。しかしながら、現在では、脳の特定の領域では、生涯にわたって脳細胞が産生される(これを「神経新生」と呼ぶ)ことが分かっている。しかも、このように日々新しく作られる神経細胞が記憶や学習に深くかかわることが知られるようになってきた。




神経新生の再発見
 1960年代に、アルトマンらはラットの海馬(かいば)(記憶などにかかわる大脳の一領域)において、生後に新しく生まれた神経細胞が存在することを報告したが、この論文はあまり着目されなかった。「ネズミのような下等な動物なら、そういうこともあるかもしれないが、霊長類ではそんなことはないだろう」と考えられていたからだ。ところが、1980年代半ばに、季節ごとに歌を覚えるカナリアヤなどの鳴禽(めいきん)の脳では、歌の学習にかかわる脳部位で、新たに神経細胞が生まれていることが見出された。カナリアヤの雄(おす)は雌(めす)に向かって求愛の歌を歌い、雌は歌のうまい(複雑な歌を歌える)雄をつがいとして選ぶ(これを「性選択」と呼ぶ)ので、カナリアヤの雄にとっては、歌を学習することは死活問題なのである。この研究は「学習と神経新生」を結びつけたものとして非常に着目され、ラットを用いた実験でも、水迷路等の空間学習課題で良い成績をおさめるものでは、海馬で新生される神経細胞が多いことが示された。このような研究成果を契機として、成体のサルやヒトにおいても神経細胞が新生することが確かめられた。

神経細胞を生みだす「タネの細胞」
 神経新生は脳の中全体で起きているわけではないが、前回、記憶や学習の話で取り上げた「海馬」では、いくつになっても神経細胞がつくられる。これは、「神経幹細胞」というタネのような細胞が一生涯存在するからである。神経細胞がどのように生みだされるかというと、実は神経幹細胞が分裂するときに、片方の細胞は神経幹細胞として維持されつつ、もう片方の細胞が神経細胞となる。つまり、神経細胞が産生されるためには、神経幹細胞の「分裂」が必要なのだ。若い雄ラットでは、一日あたり9,000個の神経細胞が海馬において新しく生まれることが分かっている。このすべてが生き残るわけではないが、約半数が神経細胞として、新たに神経回路を構築する。海馬の神経細胞は1個当たり約5,000個のシナプスを有すると考えられるので、一日当たりに新たに生みだされる神経結合の数は2,250万個にものぼると計算される。残念ながら、神経幹細胞の数は加齢とともに減少してしまう。

環境の影響を受けやすい神経新生
 ラットやマウスは、実験室の中では、おがくずを敷いたケージの中で飼育されている。水と餌はふんだんに与えられているが、(おそらく)退屈な環境だ。このケージに回転車を入れると、ネズミは喜んで自発的に走る。このような環境で飼育すると、なんと、脳の中で神経新生が向上する! つまり、運動はメタボリック症候群予防等に良いだけでなく、脳に対しても良い作用があるといえる。また、普通よりも大きなケージの中に種々の遊び道具(トンネルや回転車等)を置いた刺激の多い環境で飼育することも、新しく生まれる細胞数を増やす効果がある。いろいろな行動学習テストを行わせることも、内在する神経幹細胞の活性化にかかわる。逆に、ストレスを与えたり、感染症などが生じると、神経新生は低下することが知られている。神経新生の遺伝的プログラムに支障を来したマウスやラットでも神経新生は減少弱するが、環境の影響も大きいことは注目に値する。

神経新生の低下とこころの病
 マウスやラットにストレスを与えると神経新生が低下することに加え、抗うつ剤を投与すると、神経新生向上効果があることから、神経新生の低下はうつ状態と関係するのではないか、ということが考えられた。培養神経幹細胞を用いた実験でも、抗うつ剤は神経幹細胞の増殖を促亢進する。その後、遺伝子改変により神経新生が低下したマウスを用いた研究から、神経新生の低下は、他のこころの病(統合失調症、双極性障害、心的外傷後ストレス障害等)にもかかわる可能性が指摘されつつある。うつは自殺の誘発にもつながることから、その予防や治療は社会的に大きな問題であり、内在する神経幹細胞を活性化させ神経新生を向上させる「神経新生向上剤」の開発が着目されている。

神経新生を向上させる栄養素
 巷(ちまた)にはさまざまな「神経神話」が溢(あふ)れているが、「神経細胞はショ糖しか利用できない」というのもその一つである。しかし実際には、脳の中にも血管が張り巡らされており、グリア細胞を介して種々の栄養素が必要であり、脳に張り巡らされた血管から、グリア細胞(神経細胞のすき間を埋めている細胞)を介して神経細胞に栄養素が供給されている。
また、細胞のエネルギー通貨と呼ばれるATPという物質はプリン体の仲間であるが、神経幹細胞の増殖を活性化することが報告されている。プリン体は魚卵、白子、エビ等、いわゆるグルメな食材に多く含まれる成分である。私たちの研究室では栄養素の中でも「脂肪酸」の神経新生向上効果について研究している。とくに、脳に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(ARA)が神経新生向上効果があるかどうか、ネズミや培養細胞を用いた実験を行いつつある。DHAはとくに青魚の脂に多く含まれ、ARAは卵やレバーに多い。美味しくバランスの取れた食事をすることは、脳の健康にとっても大事であるといえよう。

 さて、次回はもっと大きなスケールの話題「脳の進化」について紹介しよう。

【参考】
CRESTプロジェクト「ニューロン新生の分子基盤と精神機能への影響の解明」(2006-2010)
『老後も進化する脳』(リータ・レーヴィ・モンタルチーニ著、朝日新聞出版)
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by norikoosumi | 2010-09-19 20:20 | 正しく知ろう!脳について
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