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by norikoosumi
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第六話:人間の脳はどのようにして進化してきたのか

(「安全と健康」2010年6月号「正しく知ろう!脳について」掲載)

はじめに
 DNAの塩基配列に書かれた遺伝情報のレベルでは、ヒトとチンパンジーの違いは1%余りであるにもかかわらず、両者の隔たりは大きく感じられる。言葉を操ったり、文字を生みだすことができたのは、われわれの脳が著しく進化した結果である。ヒトの脳はその他の生物とはどのように異なるのだろうか?

共通の枠組みからの進化
 第2話で、発生過程における中枢神経系の元は「神経管」といわれる構造であることを述べた。神経管はどの脊椎(せきつい)動物でも共通で、その起源は約5億年前に出現した原索動物であるホヤの幼生に遡(さかのぼ)る。その後進化してきた脊椎動物の脳は、どの生物でも基本構造は「脳幹」「小脳」「大脳」から成る。
魚類、両生類、爬虫(はちゅう)類では、反射や本能的な行動を司る脳幹が脳の大部分を占めている。小脳や大脳は小さく、魚類と両生類の大脳では、生きていくために必要な本能や感情を司(つかさど)る「大脳辺縁系(古皮質)」のみ認められる。爬虫類では大脳に「新皮質」がわずかに出現する。鳥類は飛行に関連して、身体のバランスを取る小脳が非常に大きく発達している。哺乳(ほにゅう)類ではとくに大脳の新皮質が発達し、「感覚野」「運動野」といった新しい機能を持つようになる。霊長類(サル類)では新皮質がさらに発達して「連合野」が出現し、より高度な認知や行動ができるようになる。ヒトでは、新皮質が大脳皮質の90%以上を占めている。
つまり、脳は、基本構造が変化したのではなく、新しい機能が付け加わるようにして進化してきたのである。





ヒトの脳は大型化した
 ヒトとチンパンジーが共通の祖先から別れたのは500~700万年前と推定されている。チンパンジーの脳の容積は500 cm3にも満たないが、ヒトでは1,500 cm3にも達しており、この間に3倍にも増えたことになる。脳そのものは化石として残らないが、頭蓋(ずがい)の骨の化石から、ヒトの祖先の脳の大きさを推定することができる。そのような推定によれば、脳容積の増加の仕方は、直線的というよりも、700万年前から200万年前まではゆっくりと大きくなり、その後、急激に増加して、現生人類と同じ程度になったのが約20万年前と見積もられている。
ちなみに、直立二足歩行が可能になったことが、大きな脳を有することができた前提条件である。ただし、マッコウクジラの脳はヒトの3倍以上の大きさであるから、大きければよいというものでもない。また、体重との比で換算した場合にも、ヒトの脳は(体重にもよるが仮に60 kgとして)2.5%を占めるが、マウスの脳では3%以上になり、体重比が大きければよいというものでもない。

進化に伴って増加したグリア細胞
 ここで脳の中身にもう少し注目してみよう。第1話で述べたように、脳の中には神経細胞のほかに、神経細胞を助ける働きをするグリア細胞も存在する。マウスでは神経細胞とグリア細胞の数の比はほぼ1:1であるのに対し、ヒトでは1:5~10と、グリア細胞の数が格段に多くなっている。
グリア細胞の中で、オリゴデンドロサイトは神経細胞の軸索に巻き付いて「髄(ずい)鞘(さや)」といわれる構造を作り、これが絶縁体として働くことによって神経伝達の速度が格段に向上する。素早い神経伝達は高度な神経機能を営む上での必要条件と考えられる。また、アストロサイトは神経成長因子や栄養因子などを分泌するとともに、シナプスにおける神経伝達を調節している。
このようなグリア細胞の増加が進化の過程において生じ、ヒト型の脳をつくることに役立ったと推定される。

進化に伴い再生力は失われた
 「トカゲの尻尾切り」といわれるように、いわゆる「下等な」生物ほど一般的に再生力が強い。カエルの場合は、オタマジャクシの脳の一部を切除しても再生するが、オトナのカエルになると再生力が失われる。われわれヒトの場合には、脳出血や脳梗塞(こうそく)などが生じると脳の組織の一部が傷害され、その部分は「かさぶた」のような「瘢痕(はんこん)」となってしまい、正常な神経細胞は再生しない。このような瘢痕にはグリア細胞が多数集積している。また、カエルの視神経を切断しても軸索が伸びて神経回路が再生できるが、ヒトの脊髄損傷の場合には、そこまでの再生は見られない。
つまり、ヒトは進化の過程において素早い神経活動をマルチタスクに行うことができる脳を獲得することができたのだが、残念ながらそれと引き替えに再生力を失ったと言える。このような困難を克服するべく、現在、再生医療のための種々の基礎研究が盛んに行われている。

 次回は脳の老化や認知症について紹介したい。

【参考図書】
『脳神経生物学 (現代生物科学入門)』(岡本仁、坂井克之、石浦章一、井ノ口馨著、岩波書店)
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by norikoosumi | 2010-09-23 12:15 | 正しく知ろう!脳について
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