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by norikoosumi
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第七話

はじめに
 人間の一生は不可逆的なものである。不老不死は人の願いかもしれないが、人類を含めて、現存の地球上の生き物はみな、生死を繰り返し、命を紡いでここにある。死があるからこそ生があるのだ。とはいえ、医療の発達により日本は世界に冠たる長寿大国となり、老いてもなお元気に生活するために、脳の健康は重要である。今回は、脳の老化や認知症に至るメカニズムについて紹介する。




からだの老化と細胞の老化
 たとえば赤ちゃんの皮膚はふっくらとしていて弾力があるが、年を取れば艶(つや)がなくなり、皺(しわ)ができる。筋肉や関節の動きが悪くなったり、血の巡りが滞るようになる。結果として、傷が治りにくくなったり、若いときのようには活動できなくなる。このような組織や個体の老化をすべて細胞レベルの老化だけで説明に還元することは不可能ではあるが、とりあえず、細胞の老化について考えてみよう。
 生体を構成する細胞は限られた回数しか分裂・増殖することができないことが知られている。このような細胞分裂の限界、すなわち分裂寿命は、発見したアメリカの科学者の名にちなんで「ヘイフリックの限界」と呼ばれている。細胞分裂の限界は、その細胞が由来する組織、生物の種類によって異なる。例えば、ヒトの胎児から採取した細胞では、およそ50回の分裂が限界である。限界まで分裂した老化細胞では、それ以上増殖が進まもとに戻れないように抑制されている。
このような細胞の増殖の限界には、染色体の末端にあるテロメアという構造が関係することが知られている。ちなみに、がん細胞はこのような限界がないことにより異常に増殖してしまう。
 一方、細胞の中では、誰に命令されているわけでもなく自律的に、それぞれの細胞にとって必要な栄養を取り込み、それを代謝してエネルギーを取り出したり、細胞にとって必要な材料につくり替えて必要なところに分配し、いらないものは排出する、という活動が行われている。細胞が老化すると、これらの働きに不具合が生じてくる。とくに、いらないものを排出するような「お掃除」の機能が劣ってくると、ゴミが集積することによって、ますます細胞の働きが悪くなる。紙幅の都合上、詳細は割愛するが、細胞のお掃除では「ユビキチン系」と呼ばれる「ゴミを吸い出す機能」、つまり、タンパク質を分解する働きが中心となっている。
働きの悪くなった細胞を殺して、新しい細胞に置き換えることによって、生体はこのような細胞の老化に対抗するわけなのだが、個体が老化してくると、組織ごとの幹細胞(分裂しながら同じ細胞をつくりだす基になるタネの細胞)の働きが悪くなり、上記のような細胞分裂の低下により、新しい細胞の産生そのものがも減ってくる。

神経細胞の劣化
 できあがった神経細胞が分裂することはない。第5話(5月号)で「いくつになっても脳細胞はつくられる」という話をしたが、これは海馬(かいば)など限られた部分に関してのことであり、脳の大部分の細胞については基本的に、生まれる前につくられたり、比較的若いうちにつくられ、たときから一生使うものがも多いある。
また、第1話(1月号)で触れたように、神経細胞は多数の樹状突起や長い軸索を有する特殊な形をしているので、細胞の隅々(すみずみ)までお掃除を行うのが容易でないことが想像できる。このような神経細胞にとっては、「分裂の限界」よりは、「お掃除機能の劣化」がは重篤な問題となる。つまり、神経細胞の入れ替わりはほとんど生じないので、細胞内に徐々にゴミが溜(た)まっていき、そうやって劣化した神経細胞によって不具合が生じるのだ。
パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患といわれる病気は、通常50歳〜60歳になってから発症するが、これらの病気にかかっている人の神経細胞を見ると、にゴミが大量に蓄積した状態や、その結果として死につつあるような神経細胞がはっきりと顕微鏡像としてとらえられる。このように、長い年月を経てゴミが集積することにより機能不全に陥った神経細胞が多くなることにより、運動の失調や認知障害などの脳神経機能の不全がもたらされる。

神経細胞の老化と認知機能の低下
 神経細胞の「ゴミ問題」で言えば、大量のゴミの集積が認められるようになった状態は、すでに末期的症状である。おそらくは、ゴミがそこまでは溜まっていない段階においても、ある程度、神経細胞の機能は損なわれているのであろう。
例えば、神経細胞の中にゴミが存在することにより、1個の神経細胞の中での神経伝達のスピードが悪くなると考えられる。さらに、次の神経細胞への刺激の伝達は、神経細胞の末端から神経伝達物質が放出されることによってなされるが、ゴミの集積はそのような働きも邪魔してしまうものと考えられる。つまり、アルツハイマー病の脳のように、神経細胞に明瞭なゴミが存在することが明らかになるよりも前の段階として、「お掃除機能の低下」があるだろうと神経生物学者は考えている。
お掃除機能には個々の人によって差があり、年を取るにつれてそのばらつきが大きくなるためり、脳の老化の個人差が生じる。

認知症の早期発見
 現在、日本において認知症と診断される人は約170万人にものぼる。少子高齢化が進むと、この問題は社会的にさらに大きなものとなる。アルツハイマー病は認知症の中でも「ゴミ問題」が明確なものであるが、そこまで至る前に、もう少し軽度な段階で診断され、治療を開始することが望ましいと考えられる。
お掃除機能をよくするための薬の開発も進められているが、生体には「廃用萎縮」といって、使われない組織は萎縮していくことが通例であるため、少しでもゴミの集積が少ない状態で神経細胞を使い続けることが脳の健康にとって重要であろう。

 次回は自閉症等の脳の発達障害について紹介する。
by norikoosumi | 2012-10-24 09:42 | 正しく知ろう!脳について
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