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by norikoosumi
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第十一話 脳と運動

はじめに
 動物である人間にとって「動けなくなる」ことは非常に大きな意味を持つ。ある種の動作は「反射」でも行われるが、例えば、脳梗塞(こうそく)などによって脳の一部が損傷を受けたときに、人は手足を動かせなくなったりすることから、脳が運動を制御していることが分かる。今回は、脳がどのように運動にかかわるか、逆に、運動がどのように脳に影響を与えるかということについて紹介しよう。




運動にかかわる脳の部位
 運動というのは基本的に筋肉が収縮することによってもたらされる。この筋肉の活動を直接的に制御するのが「運動神経」である。体幹部の筋肉は背骨の中の「脊髄」に存在する運動神経細胞が支配する。運動神経細胞から伸びる長い突起は手足の先の筋肉まで到達する。一方、表情筋や咀嚼(そしゃく)筋など頭部の筋肉は「脳幹」と呼ばれる脳の領域にある運動神経によって支配されている。天才的な天文学者ホーキンス博士が冒されているALS(筋萎縮性側索硬化症)では、徐々に運動神経細胞が死滅していくことにより、最後は横隔膜等の筋肉を動かすことができなくなり、呼吸不全で死に至る。
 このような運動神経細胞の働きは、脊髄の神経回路網でつくられるローカルな調節系の信号と、脳からトップダウンで降りてくる信号によって制御される。このトップダウンの命令を出すのは、主として大脳皮質の「運動野」と呼ばれる領域であり、脳のほぼ真ん中の溝である中心溝に沿って左右両側に存在する。運動野に存在する神経細胞が、「動かそうという意志のもとに行う運動」すなわち「随意運動」のメーンプレイヤーである。運動野の神経細胞も、はるばる数十cmも離れた脊髄まで線維を伸ばすのだが、不思議なことに大部分は脳幹の部分で交叉(こうさ)して、左の脳からの出力は右へ向かって、さらに下降して脊髄に達する。右の脳からの出力は反対に、脳幹部分で左に交叉して脊髄に到達する。このようなことから、左側の運動野が損傷を受けると右側の手足に麻痺が生じたりするわけである。
 また、大リーグのイチローのバッティングのように、とまではいかなくても、運動を上手に行うことは重要である。運動をうまく遂行する際には、その大きさ、方向、速度、時間経過等を正確に調整することが必要になるが、それにかかわるのが小脳である。いわば、小脳は「高速計算センター」として働いている。
 また、運動を行う際には「アクセル」だけではなく「ブレーキ」的な機能によって微妙な制御が行われている。このブレーキの役割を果たしているのは「大脳基底核」と呼ばれる領域で、大脳皮質に被われた内側に存在する。大脳基底核が損傷を受けると、手足がひとりでに動いてしまったり、顔面の筋肉が不規則に収縮したりする。また、パーキンソン病の場合にも大脳基底核の働きが衰えるので、手足を動かし始めることが困難になったり、震えがとまらなかったりという症状を示す。
 さらに運動の制御には、大脳皮質のもっとも前方に位置する「前頭前野」という領域も関係する。前頭前野には、脳の広い部位からの情報が集約され、種々の行動の統合的な制御を行う。とくに、前頭前野は行動の計画を立てたり、その調節や結果の確認、計画との照合、再計画等、いわばPDCAサイクルの司令塔として機能する。ネコやイヌよりもサルやチンパンジー、そしてヒトでは、この前頭前野の領域が非常に発達しており、高次機能を営むことができると考えられている。
 
運動が脳に与える影響
 上記のように、脳は運動を制御する立場にあるわけだが、実は逆の関係も存在する。第5話(2010年5月号)で、大人になっても海馬などにおいては神経幹細胞が存在しており、新たに神経細胞が生まれること(神経新生)を紹介した。実は、運動することにより神経新生が向上することが、齧歯(げっし)類を用いた研究によって報告された。この研究は、もともと神経新生の程度と学習効果を調べる実験に端を発している。種々の行動テストを行った「後で」神経新生が向上していることから、次に「豊かな環境(enriched environment)」で飼育したらどうなるだろうという疑問が沸いた。そこで、米国のフレッド・ゲージらのグループは、回転車やトンネルなどの遊び道具を入れた大きなケージで複数匹を一緒に飼育したラット・マウスの方が、何もない狭いケージで単独で飼育されているものよりも神経新生が更新していることを見出した。さらに、回転車をケージの中に置いておくだけで、ラットやマウスは自発的に好んで運動を行い、神経新生の向上が見られた。運動が神経新生に与える効果については、世界中の研究グループが良い再現性を認めている。つまり「運動はメタボだけではなく、脳にも良い!」のだ。
 運動という身体的な要因が、どのように脳の中の神経新生に影響を与えるか、その個々の素因については、まだまだ不明な点が多い。少なくとも、運動によって血流が良くなることで脳の細胞への酸素や栄養素の供給が向上することは大きな影響があるだろう。また、運動を行うには、上記のようにさまざまな脳の部位における神経細胞の活動が盛んになっていることは間違いなく、そのような際に放出される神経伝達物質には、神経新生向上効果が認められる。さらに、運動という神経活動に伴い生じる脳波、θ(シータ)波による振動が影響するのではないか、という研究もある。加えて、自発運動を行わせると、活動期(齧歯類では暗期)の運動量が増加し、休息期(明期)の運動量が低下して、しっかり睡眠を取る状態になる。前回ご紹介したように、断眠させると神経新生が抑制されることから、神経新生に対する運動の効果は、睡眠と関係している可能性もあるだろう。

次回の最終回は、脳と栄養について解説する。
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by norikoosumi | 2012-10-24 10:00 | 正しく知ろう!脳について
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