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by norikoosumi
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第十二話 脳と栄養

はじめに
 子どものうちは「からだを大きくするため」食べるが、大人になったら食事は「活動するエネルギーを供給するため」と思っている方も多いのではないだろうか。実は、大人になっても、私たちの身体を構成する物質は、摂取する食物の成分によって徐々に置き換わっている。これは、骨でも筋肉でも脳でも同様だ。したがって、どのような栄養を摂るかは、脳の健康に深くかかわる。「神経細胞はショ糖(グルコース)しか利用できない」という言い伝え(?)も「神経神話」の一つであり、実際には、脳はその活動のために種々の栄養素を取り入れている。紙幅の関係から、ここでは脂質とタンパク質について取り上げる。




脂質は脳の基本成分
 脳の乾燥重量の60%は脂質が占める。つまり、脳は他の臓器・器官よりも脂っぽい。これはなぜかというと、脳が神経細胞やグリア細胞など、特殊な細胞で構成されているからだ。第一話(1月号)で述べたように、神経細胞には神経伝達を行うために「軸索」という長いケーブルや「樹状突起」と呼ばれる複雑な突起がある。また、神経伝達をスピードアップする「髄鞘(ずいしょう)」という構造は、グリア細胞の一種であるオリゴデンドロサイトという細胞の一部が巻き付いてできている。すなわち、例えば肝臓の細胞のような丸っこい細胞よりも、脳の中の細胞には相対的に細胞を包む膜(細胞膜)の割合が多い。この細胞膜は化学成分としては、基本的にリン脂質、コレステロール、糖脂質という脂の仲間から構成される。したがって、細胞膜に富む細胞が多い脳には脂質成分が多いということになる。
 コレステロールと聞くと悪の権化のように思っている“メタボ恐怖症”の方もおられるかもしれないが、実は、コレステロールは細胞自身の成分であり、食物から摂取しなくても体内で合成されるくらい重要な物質である。ミクロな話になるが、細胞膜はリン脂質を基本とし、ところどころにコレステロール分子が埋め込まれた構造になっている。リン脂質には、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸(この後詳述)が含まれ、細胞膜の「しなやかさ」の程度が、これらコレステロールや飽和脂肪酸(硬さを与える)の量と、不飽和脂肪酸(柔らかさを与える)の量で決まってくる。
 脳内の不飽和脂肪酸では、ドコサヘキサエン酸(DHA)が17%、アラキドン酸(ARA)が12%と多く、これらは栄養学的には「必須脂肪酸」とも呼ばれている。DHAはαリノレン酸から、ARAはリノール酸から体内で合成もされるが、乳児や老齢者ではこの代謝が劣っていることから、直接、DHAやARAを摂取することが推奨されている。上記のように脂質は細胞膜に馴染む性質があるため、基本的に脳脊髄(せきずい)関門を通過し、脳の細胞に取り込まれることができると考えられている。
 DHAやARAが脳の細胞においてどのように作用し、人間の精神機能にどのような影響を与えているかについては、現在、神経生物学的、精神科学的な研究がゲノム情報と合わせて着目されつつある。例えば、DHAやARAは、神経伝達の効率を上げたり、神経幹細胞(第五話:5月号)の増殖を促したりする。これらの成分の不足により、神経発達が妨げられることは知られており、また、精神疾患の発症に関係するのではないかという報告もある。
 
タンパク質が脳に与える影響
 タンパク質もまた、細胞膜、細胞質、核に種々の形で存在する基本成分であり、その枯渇は細胞機能に重大な影響を与える。これに加えて神経細胞にとっては、タンパク質は一部の神経伝達物質(第一話)の成分を作るアミノ酸の元としても重要である。タンパク質自体は大きな分子であるために脳脊髄関門を通過することは困難だが、タンパク質を構成するユニットであるアミノ酸や、アミノ酸がいくつかつながったペプチドは、トランスポーターという細胞膜タンパク質の働きにより神経細胞への取り込みが可能だ。
 例えば、ドパミンという神経伝達物質は、意欲や動機を起こす神経系に働きかけることから、学習に深くかかわることが知られている。このドパミンはフェニルアラニンやチロシンというアミノ酸から合成され、さらに代謝されてノルエピネフリン(ノルアドレナリン)やエピネフリン(アドレナリン)になる。アドレナリンは副腎髄質から分泌されるホルモンとしてもよく知られ、生体をいわば「戦闘態勢」にし、心拍数や血圧を上げ、肝臓に蓄えられているグリコーゲンから糖を産生して血糖値を上げる。つまり、脳のための栄養といっても、他の組織にも作用することを忘れるべきではない。
 また、セロトニンは過剰な興奮や衝動を抑えたり、抑うつ感を軽減する作用があるが、トリプトファンというアミノ酸から合成され、さらにメラトニンに代謝される。トリプトファンと上記に述べたフェニルアラニンは同じトランスポーターを介することが報告されているために、片方を過剰に摂取すると、もう片方の摂取が押さえられるのではないかと推測されている。すなわち、1種類のアミノ酸をサプリメントの形で大量に摂取しても、他の成分の枯渇を招く危険性がありえるのだ。
 
おわりに
 上記に挙げたいくつかの栄養素が、どのような食物に含まれているかについては、「日本食品標準成分表」等を参照されたい。もっとも重要なことは、言い古されたことではあるが「バランス良く食べなさい」ということだ。何か一つの栄養素の働きに着目したとしても、それを過剰に摂取することにはリスクが伴う。また「食べる」ことは栄養面のみならず、「咀嚼(そしゃく)」という運動機能・感覚機能を介した影響や、「コミュニケーション」として心理的・社会的な効果も大きい。
連載を終えるにあたり、心の健康を保つには「睡眠・運動・栄養」の3つを忘れないことを強調したい。
 1年間、ご愛読ありがとうございました。
(月刊誌「安全と健康」連載記事 完)
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by norikoosumi | 2012-10-24 10:03 | 正しく知ろう!脳について
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