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数字で考えるダイバーシティ 〜問題はサイエンスの世界だけではない〜(細胞工学2012年6月号記事)

はじめに
前号1)に続いて女性科学者のプレゼンスやキャリアパスに関するエッセイなのだが,その前に.最近,寝る前に数ページずつ読んでいるのが『経済危機のルーツ』(野口悠紀雄著,東洋経済新報社)だ(大好きなミステリーは先を読みたくなるので寝る前には不適).2010年の刊行の本だが,日本経済停滞の原因について書いてあり,哀しいかな,内容はまだ古びていない.野口氏によれば,第二次世界大戦の敗戦国であったドイツと日本が,60年代から70年代に大躍進したのだが,80年代になって,ともに戦勝国でありながら戦後低迷していた英米において打ち出された自由化政策により,その後の大きな転換が訪れたという.90年代になって情報通信技術と金融技術が変化したときに,日本はその技術革新の波に乗れなかったことが,バブル崩壊後に長引く不況やデフレ傾向の真因と捉える.「モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか」という副題は,まさにその象徴である.戦後70年代までにでき上がった仕組みは,そのころの社会では効率の良いものであったが,現在の日本はどの業界においても,戦後体制に囚われてしまっている.今回のテーマとの関連で言えば,「男は会社に命を捧げ,女は家を守る」という戦後体制から脱却できないことが,女性科学者のプレゼンスやキャリアパスを阻み,ひいては科学業界における日本のプレゼンスをも下げている可能性がある.
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EU27カ国およびその他の欧州各国における主要企業経営陣における男女比率
2012年3月5日のEuropian Commission - Press Release(© European Union, 1995-2012)より改変.




企業の役員における女性比率
2012年3月6日付の朝日新聞デジタルにこんな記事が掲載された2).

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欧州連合(EU)域内にある上場企業の役員のうち、女性の割合は7分の1にとどまる,という報告書を欧州委員会が5日,発表した.欧州委は女性役員の割合を4割に引き上げる目標を掲げている.しかし、企業の自主的な取り組みでは目標達成が難しいため,今後は義務化も検討する.

報告書によると,今年1月時点の女性役員の割合はEU平均で13.7%.一昨年の11.8%からは高まったものの、このペースでは目標達成はおぼつかない.

欧州委のレディング副委員長(司法・基本権・市民権担当)は「経済界のトップに女性が足りないことが欧州の競争力や経済成長を阻んでいる」と指摘.5月末まで企業やNGOの代表らと議論し,今年中にも女性役員の比率目標の達成を義務づける法律をつくるかどうか,検討する.
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2012年3月6日朝日新聞デジタルより

この記事の元になったECからのプレスリリース3)の図を引用しておく(図1).EU諸国の中で女性役員比率が高いのは,フィンランド(27.1%),ラトビア(25.9%),スウェーデン(25.2%),フランス(22.3%)などで,英国やドイツは平均以上(15.6%)程度である.ちなみに,EU以外では男女共同参画の先進国ノルウェーで42%,米国が15.7%となっている.これに対して日本の現状はたった0.9%であり4),スペイン(11.5%)やイタリア(6.1%)よりもさらに下回る.つまり,日本において女性のプレゼンスが足りないのは科学分野だけではなく,経済界でも,そして(ここには数字を掲げないが)政治の世界でも同様なのだ.
ECが2010〜2015年の政策として女性役員比率4割目標5)を掲げた根拠にしているのは,雇用者全体の中での女性比率(EU諸国ではおおむね5割)や,女性の中で高等教育を受けた者の割合(5割から6割)という数字.つまり,せっかく高等教育を受け産業界に参画した女性の能力が十分活用できていないと考えられるからである.対応する日本の数字を調べきることができなかったが,男女共同参画白書平成23年版4)に掲載された女性の年代別就業者比率は,少なく見積もって全年代で5割程度,高等教育に進学した女性の比率は,平成23年度学校基本調査6)から42.1%という数字があるので,日本の上場企業役員における女性比率が0.9%というのは,どう考えても低すぎる.このことにより,国別の人間開発指数(HDI)では世界11位でありながら,ジェンダーギャップ指数(GGI)が第94位(0.65)になってしまうのだ4).ちなみに,この順位はタイ(57位)やギリシア(第58位)よりはるかに下である.
この問題の本質は,女性の参画だけにあるのではない.EU諸国の場合にはおそらく問題にならないが,日本の場合には大企業における外国人比率もきわめて低い.戦後日本の経済成長を牽引してきた企業のトップは日本人男性のみで占められており,きわめてダイバーシティに欠ける.世界で当たり前の常識や倫理観が日本では通じないために,外国人元社長が取締役を辞任した件は象徴的である.さらに言えば,行政分野においても同様のことがあり,国家公務員試験Ⅰ種合格者における出身大学にも大きな偏りがあることを指摘しておきたい.

門戸開放とイノベーション
「もっと女性に門戸を開放しましょう」という話をするときに,「でも,女性を受け入れると何か良いことがあるのですか?(いや,ないでしょう)」というレスポンスが返ってくることは決して少なくない.おそらく,女性が参画して人的なダイバーシティが向上することにより,どのような効果がもたらされるかについて想像してみることすらできない,という時点でイノベーションマインドに欠けているのだと思うが,この点について考察しよう.
冒頭で引き合いに出した自由化政策は,英国ではサッチャー首相の時代になされ,国営事業の民営化と金融などにおける規制緩和を基本としている.のちに行き過ぎだったと批判されることもあるが,後者によりロンドン市場に外資系金融機関が進出し,国際金融センターの活気が戻ってきたのは周知の事実.サッチャー以前にはロンドン証券取引所の会員権は既得者の利益として守られており,取引はアメリカ市場に逃げ出していた.サッチャーは,既得権に守られた国内産業を支援するよりも,他国の企業を入れることによって,英国の産業を活性化しようとしたのだ〔ちなみに余談だが,ただいま日本でも上映中(2012年4月現在)の『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』では,メリル・ストリープがこの英国史上初の女性首相を好演し,今年のアカデミー主演女優賞を受賞している〕.サッチャーの開放政策は米国にも影響を与え,レーガンによって特にエアラインの規制緩和が進められ,航空産業が大きく変わった(日本ではそうならなかった).
塩野七生の『ローマ人の物語』(新潮文庫)は,紀元前753年のローマ建国から領土拡大,巨大帝国パックス・ロマーナの維持,そして395年の東西分裂とその476年の西ローマ帝国滅亡にいたる長大な歴史を「物語」仕立てにしたロングセラー(全43巻もあって,まだ読破できていないが,あちこちにインスパイアされる記述があって楽しんでいる).ローマが巨大な国となっていったことの原因として,塩野氏は,ローマ軍が勇敢で種々の歴史的な英雄に恵まれただけでなく「戦争後に敗戦国の人々をも市民として受け入れ,その文化・文明の良いところを取り入れていった」ことを挙げている.別の著書『ルネサンスとは何であったのか』(新潮文庫)は,西ローマ帝国衰亡の後の暗黒の中世時代からルネサンス,すなわち科学技術や文化における爆発的なイノベーションが,なぜ15世紀のイタリアの限られた都市において生じたのかを,ギリシア哲学風の対話形式で綴ったものだが,ルネサンスが興ったフィレンツェ,ローマ,ヴェネツィアに共通するのは,やはり自由化と開放政策だ.同様の分析は,ミッテラン大統領の側近でもあった,経済学者と呼ぶには才能が各方面に溢れすぎであるジャック・アタリの『21世紀の歴史−未来の人類から見た世界』(作品社)でもなされている.
もし歴史に学ぶことに意味があるとすれば,それは,固定化した組織や制度や思考から開放され,経済的・技術的・文化的に発展するためには,異分子を受け入れるのが最適であるという事実(もしくはその対偶)が繰り返されていることを認識し,将来に活かすことにほかならない.

有性生殖とダイバーシティ
一昨年だったか,大学院生向けの「異分野クロスセッション」という講義枠で「生物学的ジェンダー」について話をする機会があった.発生生物学的には哺乳類では雌がデフォルトで,Sry遺伝子のスイッチが入ることをきっかけとして雄化プログラムが働き,異なる生殖腺が生じること,男女の脳の構造や認知機能の違い(『話を聞かない男,地図が読めない女』的な)を話した際に,「男女でゲノム情報は0.3%程度異なる」という話題に触れたところ,「男女で遺伝子に違いがあるなんて思ってもみませんでした」という(たぶんフェミニスト寄り文系女子学生の)感想を得て,こちらのほうがびっくりした.そもそも,染色体がXXとXYだし,同性で赤の他人とのゲノムの相違が0.1%で,チンパンジーとヒトの違いが1.5%程度なのだから,男女で0.3%くらいの違いというのは,なるほど妥当だなぁ……と生物学者には腑に落ちることでも,異なる文化の方々には違和感があるらしい.
そもそも,有性生殖は単細胞時代まで遡ると考えられるから,ざっくり10億年以上の歴史がある.無性生殖のほうがコスト的には有利なはずなのに,有性生殖を行う生物が地球上に繁栄した理由としては,いくつかの仮説があるが,中でも「面白い」のはリー・ヴァン・ヴェーレンらによって提唱された「赤の女王仮説」だろう.ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場するトランプの「赤の女王」の台詞「その場にとどまり続けるためには,走り続けなければならない」にちなんだ洒落た名前のこの仮説では,種・個体・遺伝子が生き残るためには進化し続けなければならないとしている(一般向けの書籍としては,サイエンスライターのマット・リドレーによる『赤の女王−性とヒトの進化』(翔泳選書)を読まれるのが手っ取り早いだろう).つまり,絶えず変化する環境においては,コストがかかってもダイバーシティをつくりだすことのできる有性生殖のほうが有利となるのである.

本当に女性比率が高いほうが得なのか?
では,現代人間社会において,先に挙げたEUのポリシーは,本当に競争力や経済成長に有効なのだろうか? 2009年のWorld Economic Forumの資料7)によれば,上記のGGIとGDPには正の相関が認められる.もちろん,このデータは「相関性」を示すものであって,ただちに「女性幹部比率を上げれば収益アップ!」という因果関係として捉えるのは科学的ではない.収益の良い企業は福利厚生面でも恵まれているであろうから,その結果として女性がキャリアを続けられ,高い地位に就けるのかもしれない.
だが,20世紀とは異なり「サステナブルな発展」が求められている現代においては,これまでと違って「産む性」としての女性の視点,着想,開発,コーディネーションなどがイノベーション推進の上で鍵となることは間違いない.科学の世界においても,今後ますます社会への還元が求められる中,生活者の視点を持ち込むことが重要であろう.また,伝統的に女性の参画が進んでいる家政学(調理,被服),栄養学などの研究も,より男性の参画を進めることにより推進されてしかるべきと思う.

おわりに:ガラスの天井を突き破る
冒頭で取り上げたECの報告書のタイトルは「European Commission weighs options to break the 'glass ceiling' for women on company boards」となっている.就業者には女性が多数存在するのに,見えないガラスの天井があって,キャリアアップが阻まれていることを指摘したものである.前号で紹介した男女共同参画学協会連絡会では,それぞれの学協会の「学生における女性比率」に対する「一般会員における女性比率」を「ガラスの天井指数」として定期的に調査を行っているので最後に紹介しておこう(図2).この最新資料によれば,本誌読者の多いバイオ系において,最も女性研究者が生き残りやすいのは,バイオインフォマティクス分野と読み取れる.ただし,現状においてバイオインフォマティクス分野の女性比率は1割にも満たない.女性比率の高い学会でガラスの天井指数が小さいのは質量分析学会や神経科学学会だ.どのような分野であれ,男女ともに個人の能力が最大限に活かされるような社会であってほしい.それが,天然資源に欠ける日本の生きる道である.

参考情報

1)大隅典子: 細胞工学(2012)31: 600-602「なぜ日本人女性PIには子どもが少ないのか? 〜生物学的・文化的考察〜」
2)朝日新聞デジタル(2012年3月6日)の記事
3)Europian Commission - Press Release(2012年3月5日)
4)平成23年版男女共同参画白書(内閣府)
5)Strategy for equality between women and men 2010-2015
(PDFがダウンロードできる.ちなみに,政府刊行物ながらセンスの良い出版物としても参考になる)
6)文部科学省平成23年度学校基本調査大学学生数 e-Stat
7)The Global Gender Gap Report(PDF)
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by norikoosumi | 2012-10-26 11:58 | その他
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