いろいろな原稿を載せる予定です
by norikoosumi
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数学分かる?(河北新報2006年3月12日掲載「前略早々 博士から博士へ」

【オオスミより】
 今、数学がアツイ。数学そのものや数学者を紹介する本などが、たくさん本屋さんに並んでいる。しかし、コタニ先生が「説明すれば誰にでも分かる」と言われても、何せ三千年の歴史のある積み上げの学問であるため、博物学のように「パンダには第二の親指がある!」と聞いて「ふうん、そうなんだ」という理解にはならない。
 実は、数年前に日米先端科学シンポジウムという異分野交流の会に参加したのだが、そのときの数学のセッションのテーマが「量子コンピューター」だった。悲しいことに、何を面白がればよいのか分からなかった。唯一覚えているのは、「ムーアの法則」というものがあって、現在のコンピューターの処理速度は十八カ月で二倍に向上しているのだが、これだと2030年に限界に達するということだった。
 昨年、似たような別の機会(日米先端工学シンポ)で、やはり量子コンピューターの話を聞いた。量子コンピューターは個人で使うパソコンのようなものではなく、H2ロケット並の「一国家に一台」というレベルらしい(そのくらい予算もかかる)。小さなシリコン粒子をきちんと並べ、それを磁石で動かすことによって計算処理をするという。ナノテクの進歩で量子コンピューターは実現可能な時代に入った。
 その会で生物系の参加者が質問した。「量子コンピューターを造って、何を計算させるのですか?」「量子理論で考えられるような不確実性のある問題を解くには、量子コンピューターの方が適切と考えられるのです」
 すぐ目の前に解きたい問題があるというよりは、今後そういう問題を解くためにはハードが必要だから造ってしまおう!ということらしい。
 でも、生物学者も数学者との出会いと交流を求めているのは確か。私の知る面白い研究として、魚の体表のしま模様が「波の理論」によって説明できるというものがある。魚の成長に伴ってしまや斑点が変化していく様子は、数学者アラン・チューリングが打ち立てた反応拡散波理論によってシミュレーションできるのだ。こういう理論と、実体としてのタンパク質などの分子がどのように結びつくのか、今後の展開が楽しみだ。
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by norikoosumi | 2006-03-12 17:53 | 河北新報往復書簡

数学分からない?(河北新報3月5日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【コタニより】
 けいはんなプラザ(京都府精華町)で行われた第四回「数学者のための分子生物学入門」に参加した。四回目の集まりはオオスミ先生の専門「脳」がテーマ。
 数学はこれまで物理と手を取り合い、お互いを刺激しながら発展してきたけれど、二十一世紀は「数理生物学」だという声をあちこちで聞く。すべてを統一的に扱う大理論を見つけることに巧みだった数学や物理に対して、あまりに多様で、例外のコレクションのような生物を、個別論ではない「理論」の枠組みに乗せられるのか。そういう多様で複雑なものを記述するには「新しい数学概念」が必要なのではないか? 数学は「生物」と接することに、飛躍の可能性を感じているのだ。
 ところで、非数学系講演者が皆口々に、ちょっと恐れをいだいて来ましたという。「数学者って胃が弱そう」「目が泳いでいる」「紙と対話して生きていける」「数式を見ると顔が輝く」などの印象を持ってきたそうだ。当たっていなくもないが、そんなに浮世離れしているわけでもなくホッとされたよう(と、われわれには言ってくれた)。
 最近、知ったのだが、米国では論文シェアが計算機・数学・生命科学で高く、一方、日本では化学・材料・物理のシェアは非常に高いが数学のシェアは低いらしい。「数学は分からない、苦手」と言われることが多いのは事実。大学での数学の授業がいけないのだろうかと反省しきり。
 数年前にフランスの数学者が京都賞を受賞した。研究内容は「説明しても分からないよ」という受賞者に、カルロス・ゴーンが「だって数学だろう。だったら分かるはずだ」と答えたことにいたく感動した。
 ほかの学問が、経験や曖昧模糊(あいまいもこ)とした約束事の上に成り立っているのに比べ、数学は言葉とルールが明確だ。すべてをきちんと説明しきれる唯一の学問であり、説明すれば誰にでも分かる。そういうことを皆が知っているフランスの文化が、ちょっとうらやましかった。
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by norikoosumi | 2006-03-05 10:32 | 河北新報往復書簡

無事に戻った手帳(河北新報2月26日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【オオスミより】
 年に数回海外出張するが、いまだにスーツケースが無くなった経験はない。
 ……とはいうものの、失敗もある。昨年五月にギリシャのサントリーニ島で学会があり、パリで共同研究先を訪問してから、さあ、初めてのギリシャ!というときに、運悪くアテネ空港のストライキにぶつかった。スーツケースは機内持ち込みにして(小さめのものにしておいたのは正解)、遅れた便でアテネまでたどり着く。
 さて、そこで分かったのは、その日乗り継ぎ便はどの航空会社もすべて欠航。翌朝の便もすべて満席だったが、夜行の船で渡るという選択肢は、どうしても避けたく(以前whale watchingのボートで船酔いした経験あり)、こっちの航空会社のカウンター、あっちのカウンターと長い列にそれぞれ並んでの交渉(なにせすべてにおいて能率の悪いこと……)。数時間かかって、ようやく明朝六時の飛行機の予約に成功し、メデタシ、メデタシ。
 ……のはずだった。が、翌朝目が覚めると、時計は六時を回っていた。こういうときにジタバタしても良いことは何もないと頭では分かっているが、きっと人から見たら「天才バカボン」に出てくる、足がモーレツに回転している様子、に近い状態なのではないかと想像する。とにかく、身支度を整え、スーツケースをパッキングし、空港で再度の交渉(涙)。Waiting listに載せてもらい、ドキドキしながらゲートのカウンターまで行って待った末、ようやく無事にサントリーニ島に着いた。メデタシ、メデタシ。
 ……が、学会二日目に手帳を無くしたことに気が付いた。これがないと、すべてのスケジュールが分からなくなる! やれやれ、アテネの朝、寝坊で仰天したために、手荷物に入れるのを忘れたらしい。仕方なくホテルにファクスを入れると、翌日「お預かりしております」という返信が届いた。
 手帳はその後、持ち主とは別行動で、海を渡って無事に戻ってきた。頼もしいヤツだ。余分な出費は約七千円であったが、安いと思うべきだろう。
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by norikoosumi | 2006-03-05 10:29 | 河北新報往復書簡

迷子のスーツケース(河北新報2月19日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【コタニより】
 研究集会で二週間イギリスのダーラムに滞在した。
 今回の旅のエピソードはlost suitcase。到着空港でスーツケースがでてこない。実は、スーツケースが迷子になるのはこれが四回目。慣れたものでうろたえたりはしない。万が一に備えて、絶対なくしたくない論文と計算ノートは手荷物の中。
 スーツケースは航空会社が発見した後に宿泊先まで配達してくれるので、むしろラッキー!なのだ。というわけで、よれよれのスエットとサンダルばきで手荷物を提げ(日曜の朝のお父さんみたいな格好だが、これで飛行機に乗った)、目的地のダーラム大学グレイカレッジにたどり着いた。
 ありがたいことに、数学者は皆がよれよれの服装なので、染み付きスエットに穴あきジーンズの私も一向に目立たない。到着早々、自慢げにlost suitcaseの話題を提供するが、くやしいことに皆が同じようなエピソードを披露する。どうやら日常茶飯事らしい。
 翌朝十一時、スーツケースが無事にグレイカレッジに配達され、やはりホッとする。日曜日のお父さん姿から、華麗なコスチューム(?)に変身した私を見て、皆が「スーツケースみつかったんだね」と言う。やっぱり、目立っていたのだろうか、あのよれよれTシャツ。
 四回目の今は「ラッキー」と思えるが、初体験のときはパニックになった。あれはまだ博士課程一年生のとき。そのころはスーツケースがなくなる事態に備えて、「商売道具(=論文と計算ノート)は手荷物に」などという知恵はない。
 「きっと出てくるよ」というホスト教授の慰めも耳に入らず、講演原稿を作り直してやっと眠りに着いたのを覚えている。ああ、あれから二十年余り。たくましくなった。二回目の体験では、けしからんと腹をたて、三回目はよくあること、四回目はラッキーと思えるようになったのだから。
 ちなみに私は貴重品をなくすほうも経験豊かで、テキパキと手続きを取れるが、これは全く自慢にはならない。
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by norikoosumi | 2006-03-05 10:24 | 河北新報往復書簡