いろいろな原稿を載せる予定です
by norikoosumi
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旅の総括

先日の英国出張では、いくつかの忘れ物をした。

その一、シャンプーとリンスのセット。そもそも、西洋人は髪質が違うので、あまりリンスを必要としないらしく、ホテルの備え付けでもリンスが付随しないことが多い。ましてや寮に泊まったりするのだから、サプライされないこともありえるから、成田で買わなきゃと思っていて忘れた。仕方ないので、これは我慢するしかない。別に命に関わることではない。

その二、デジカメ。携帯にカメラが付いているので、無くてもなんとかなるのではあるが、もう少し高画質で取れるように持ってくるつもりで、最後、パッキングし忘れた。大きめのキャリーケースにはまだ余裕がたっぷりあったにも関わらず、である。「後で入れよう」は禁物である。

その三、筆記用具。
いつも、革のペンケースに入った4色ボールペン、ラインマーカー、1色ボールペンのセットを持ち歩いている。4色ボールペンは2年前くらいに使う習慣になったのだが、スケジュール管理のための手帳に、出張の仕事は赤で、仙台での仕事は緑で、という色分けをするのに使っていて、赤いか(気が重い)緑か(ちょっと気が重い)、何も記入されていないか(ラッキー!)でその週のテンションのかかり方が一目で分かるようになっている。携帯にスケジュールを入れたり、パソコンでしかもwebで管理している方もおられるだろうが、私は2年前から手帳に記入して一元化することにした。手で書いた方が記憶に残るので好きなのだ。学会自体でメモを取る上では、鞄に予備に入っている3色ボールペンでほぼ用は足りるので、まあ忘れてもさして支障はない。また学会の企業展示には、必ず会社のロゴ入りボールペンなどがある。でも、4色ボールペンがそばに無いと落ち着かない。

その四、室内履き。
海外の宿泊施設にはいわゆるスリッパがない。いつもは2つに折れる旅行用スリッパを持参するのだが、それを忘れてしまった。まあ、裸足でも大きな問題はないのだが。

その五、レインハット。
イギリスは雨がよく降るので、フード付きパーカーかレインハットがあると便利。もう少し先回りして考えればよかった。残念。

逆に、持って行って使わなかったのは以下の通り。

その一、半袖のカットソーほか。
最近、どこに行くにも「仙台よりは暖かいはず」という思いこみがある。東京出張の場合にも、たいていこの思惑がはずれ、皆がダウンやらオーバーやら着ている中、薄いコートで震えていたりする。今回も、同様に考えてしまい、やや暖かいモードの衣類を多く詰め込んでしまった。

その二、ダビンチ・コードの本。
スコットランドにはロズリンの地などの縁があるので、ダビンチ・コードの関係写真入りのものを、もう一度読もうと思い、重たい単行本を持って行ったのだが、そんな暇はなかった。一つには、脳が日本語に関しては入力より出力モードになっていたためである。英語に関しては、いろいろな情報をインプットするのに忙しかったのだが、日本語はメールの返信やブログの記事を書いたりすることに費やしてしまった。これはよく考えるとマズイ事態だと思う。

・・・と、2日前からパッキングをしたにも関わらず、総括としては上記のようになった。やれやれ、必要十分なものだけ持つ旅上手には、なかなかなれないものだ。
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# by norikoosumi | 2006-04-15 18:10 | 旅の思い出

理系少女よ、好きな道を歩もう!(大学ランキング、2006年4月、朝日新聞社刊行)

 2005年10月31日、第三次小泉改造内閣で「少子化対策・男女共同参画大臣」というポストが誕生し、その直前の衆議院解散総選挙で初当選したばかりの猪口邦子上智大学教授(国際法)が、初の任務に当たることになりました。平成18年度〜22年度の第三次科学技術基本計画でも、科学技術を支える人材育成の項目で「女性研究者の育成」が重要課題として位置付けられました。これを受けて、平成18年度の文部科学省の予算では3つの柱として、出産育児復帰支援博士研究員制度、女性研究者育成支援モデル事業、女性研究者育成啓蒙プログラムが打ち出されました。内閣府男女共同参画局では2004年から「理系ガールズ・チャレンジキャンペーン」を開始しています。時代は今、確実に動きつつあります。
 ちょっと硬い書き出しになってしまって恐縮ですが、この本を手に取っている人の多くは「これからどこの大学を受験しよう?」と思案している人たちでしょう(その他に、自分の大学のランキングが気になる大学執行部の人たちもおられますが)。『大学ランキング』の中で「女性教員ランキング」という項目があり、女性教員の総数、比率、教授、助教授、講師の数と比率などが順位付けされています。当然ながら、ランキングの上位には看護大学や女子大学の名前が載り、我が東北大学の女性教員比率は2005年時点で7.7%なので、箸にも棒にもかかりません(苦笑)。これは、全教員数の約85%が自然科学系(いわゆる「理系」)であることにも大いに関係しています。でも、実は、東北大学は1913年(大正12年)に、旧帝国大学の中で初めて女子学生の入学を、しかも理学部に許可したという輝かしい(!)歴史があるのです。
 この、日本で初めての「女子大生」は、黒田チカさん、牧田らくさん、丹下ウメさんという方です。東北帝国大学の初代総長、沢柳政太郎が打ち出した東北大学の理念の一つに「門戸開放」ということがありました。当時は旧制高等学校卒業者でなければ帝国大学を受験できなかったのですが、沢柳先生は「傍系入学」といって、高等師範学校や高等工業学校の卒業生、中等教員免許試験の合格者でも受験できるようにしたのです。そのとき、すでに丹下さんは日本女子大学で、黒田さんと牧田さんは東京女子高等師範学校(現お茶の水女子大学)で助教授をされていました。東北大学に入学後、黒田さんは結晶化学、丹下さんは栄養化学、牧田さんは数学を勉強されました。きっと、たった一人だけだったら、どんなに望んだ大学での勉強といえども続かなかったのではないかと思います。黒田さんは大学卒業後に文部省(当時)外国留学生として、英国のオックスフォード大学に留学し、帰国後は理化学研究所で研究を続け、1949年にお茶の水女子大学の教授になられました。
 現在、女子学生や女性教員が多いのは、いわゆる「文系」といわれる学部になりますが、実は、日本で最初の女子大学生が「理系」だったというのは興味深いことではないでしょうか。「理系ガールズ」の大先輩は大正時代にいたということになります。
 皆さんご存じのように、「理系」もしくは「自然科学系」の学部は「生命科学系」と「理工系」に大きく分かれます(この場合、物理、化学、数学は理工系に含まれるとします)。さらに、「生命科学系」は「保健系(医・歯・獣医・薬含む)」とそれ以外(狭義の生命科学・農学など)に分けられます。このような分類をしてみて気が付くのは、女子学生比率がもっとも高いのは、「保健系」です。周りを見ても、看護師さん、薬剤師さんには女性がとても多いですね。このような「免許」が取れる学部というのは、女子学生に「将来の仕事が安定していそうだ」という気持ちを与えることができるからのようです。女子学生比率がもっとも低いのは「理工系」です。でもこれは、けっして「女性は(例えば)数学には向かない」ということではありません。そういう前例が周りに少ないので、なんとなく不安に思うからなのです。
 さて、保健系、中でも薬学部は女子学生比率が保健系の次に高いところなのですが、その中で、大学院に進学し、さらに大学の教員として研究・教育に従事する女性は非常に少ないという特徴があります。逆に、保健系では男子学生の割合は非常に低いのに対し、教員(とくに教授)の男性比率は高くなっています。実は、このような「学生における男女比率と教員における男女比率のアンバランスさ」は、多かれ少なかれ他の理系分野でも、あるいは文系の学部においても認められます。これは何故かというと、研究者としてのキャリアを積む時期というのが20代後半から30代前半に当たるのですが、この時期はちょうど出産や育児の時期になってしまうからなのです。つまり、博士課程や博士研究員から若手教員になる段階で、キャリアアップを諦めてしまう女性が多いのです。
 冒頭で述べた「女性研究者育成プログラム」というのは、このような状況を改善するために国が行おうとしている施策です。もっと広く言うと、男性ももっと育児に参加してもらったり、職場環境を良くすることによって、男女ともに生き生きと働くことができるように「大学も変わらなきゃ」と頑張っています。我が東北大学でも理学部の「黒田チカ賞」や「サイエンス・エンジェル制度」など、理系少女が伸び伸びと育っていけるようなプログラムを考えています。少しずつですが、着実に、世の中は変わりつつあります。皆さん、是非、「女性だから(男性だから)」という理由で好きな道を諦めたり、望まない進路を選択しないで下さい。せっかく一度しかない人生なのですから、面白いと思うことにチャレンジしてみませんか? 大学はそんな皆さんの入学を待っています!
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# by norikoosumi | 2006-04-14 20:32 | その他

ヒースロー空港のシーフードバー

ヒースロー空港のターミナル3は買い物や食事に非常に便利だ。普通はメインターミナルでないと(つまり、復路で現地のエアラインを利用しないと)duty free shopやその他の施設があまり充実していないものだが、JALのロンドン便は常にビジネス客が多いせいだろう。もう一つ良かったのは、カウンターが一日中開いていることだ。パリでは悲しいことに、4時間前に空港に着いてもJALのチェックインの手続きができない(もちろん、エールフランスなら大丈夫)。
という訳で、帰国の日にはヒースロー空港で時間調整をした。

ゲートに行く手前に広いラウンジがあり、コーヒーショップはスタバとCafe Italianaというところが入っている。そういえば、今回の出張では一度も現地スタバ参りをしなかったのが悔やまれる。一応、エジンバラにもあることは確認済みだが、ヨークはどうであったのか調査しそこねた。

さてヒースロー空港でのお気に入りはシーフードバーだ。
Caviar Houseという、キャビアやスモークサーモンをお土産用に売っている店が経営しており、そこそこの値段で(といってもキャビアはキャビアだが)食べさせてくれる。イギリスで普通に美味しい食べ物として私は文句なくスモークサーモンを挙げる。ねっとりとした身を広く薄くスライスにしたものは、日本ではなかなか貴重であるが、こちらでは普通のものやディルがたっぷりかかったものなど、いろいろ楽しめる。

この店は調理場を囲んでぐるっと30席くらいがハイテーブルとして並んでいる。どの席にしようかちょっと迷った後、ハイスツールに腰掛けてメニューを眺める。キャビア、スモークサーモンだけでなく、殻付きで出てくる生牡蠣や(2種類くらいあり)、たっぷりのサラダの上に載ったシュリンプカクテルなんていうメニューもあり。結局、グラスのシャンパンと、スモークサーモン(普通の)とキャビア15gの組み合わせ(ただしベルーガなどではなく普通の)にした。

調理場には4人の若い男女が働いていたが、海外としては珍しく、非常にきびきびとした動きである。次から次へと客の注文を取り、ワインを注ぎ、オーダーされた料理をお皿に並べてサーブするという過程を、黙々と、かつ最短の動線でこなしていた。

シャンパンが半分くらいになったところで、注文したサーモンとキャビアが登場! サワークリームを用いたソースを敷いたパンケーキの上に載っていた。これで20ポンドというのは空港内という立地がら、若干足下を見ている気もするが、まあ旅の終わりには良いだろう。そうそう、唯一の不満は、フォークとナイフがプラスチックになったことだ。確か9.11以降だったかと思うが、セキュリティー強化のために機内食のカトラリーもプラスチックになったが、これだけはちょっと興ざめ。まあ、スモークサーモンに免じて許すとしよう。
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# by norikoosumi | 2006-04-02 13:11 | 旅の思い出

鍋、焦がす?焦がさない?(河北新報3月26日掲載ー完ー「前略早々 博士から博士へ」)

【オオスミより】

 「生パスタパーティー」と称して、女ばかり五人で集まったときのこと、「鍋って焦げるよね?」と言われた。その発言の主がコタニ先生だったのか、別の先生だったのか、記憶に定かでない(アルコールの影響によると思われる)。
「えっ? 何でお鍋が焦げるの?」
「だって、火にかけた後、論文読み始めたりすると鍋ってすぐ焦げない?」
「うーん、お鍋の傍を離れるんだったら、タイマーとか、かけたりしない?」
「論文読むんだったら、お鍋の傍にしたら?」「手順が悪いのでは?」
 このとき判明したのは、「鍋を焦がさない派=実験をする」と「鍋を焦がす派=実験をしない」ということだった。
 「鍋を焦がさない派」の三人は、若いときから並行して二つ、三つくらいの実験をこなすトレーニングを積んでいる。したがって、鍋を火にかけつつ、さらに他の仕事を行うという素養がある。それに対して、「鍋を焦がす派」の二人は、一つのことを集中して行うという経験を重ねているのではないかと思われた。
 生物学の私のいるような分野では、仮説をもとに実験をして検証するというのがお作法である。そのために、朝から晩まで、場合によっては夜中まで、培養している細胞に何かの物質を振りかけたり、ネズミの生活時間帯に合わせて処理をしたり、というウェットな実験を行うことになる。かなり泥臭い労働だ。でも結局は、自分にとって至福の時間は生の試料に触っているときかなと思える。

【コタニより】

朝から晩まで,「仮説が正しい」ことを確かめるという点では同じ科学者なのに,オオスミ先生はマルチタスクを平行して行うという私から見たら神様のような技を持っている.一方,こちらは他のことを全て忘れて一つのことに没頭できなきゃダメという刷り込みがある.斯様に異なる二人だからこそ,おしゃべりが楽しいのだろう.いつも,意外な発見がある.この往復書簡は今日が最後.これからは,いつものワインバーでおしゃべりの続きとしましょうか.
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# by norikoosumi | 2006-04-02 12:57 | 河北新報往復書簡

その差は愛(河北新報3月19日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【コタニより】

オオスミ先生から「量子コンピュータ」というお題を頂いたのだろうか? 

シッポをパタパタ状態である。量子コンピュータは素人だが、私の研究には、量子力学の生みの親シュレーディンガーの名前のついた演算子が出てくる。量子力学についてなら何時間でも熱く語れる。ウ〜ン、ノーサンキューというオオスミ先生の顔が目に浮かぶ。
量子力学と日常的な感覚とのもっとも大きなずれは「観測をする」ことが状態を変えてしまうということではないか。例えば、位置と運動量、どちらかを観測した瞬間に状態が遷移してしまうから、両方を同時に知ることはできない。これを「不確定原理」と呼んでいる。
不確定性原理のもとになっている関係式AB-BA= iに関する数学仲間で有名なジョークは
(鈴木さんの)(可愛い)奥さんと(可愛い)(鈴木さんの)奥さんの違いはi(愛)である、
など非可換な交換関係は日常生活にもしばしば見られるというもの。
量子力学における「重ねあわせ状態」を利用すれば計算のスピードが破格にあがるというのが量子コンピュータの数理である。しかし、現実に量子コンピュータを作るハードの問題はとてつもなく難しい。観測した瞬間に量子力学的状態は壊れてしまうので、量子コンピュータが計算している間に「観測」してはいけないのだ。「機を織っている間はけっして覗かないでくださいね」とおつうさんのようなことをいうので、外から完全に孤立した理想状態を作ってやらなくてはならない。オオスミ先生の参加した会議でも、ハード作りの技術の議論に熱が入っていたのは当然のことだ。
また聞きなので真偽のほどは定かでないが、人間の思考が現在のコンピュータと同じオン・オフの伝達だと考えると、いわゆる「ひらめき」に関しては、情報から答えを出す速度があまりに速すぎる。これを量子コンピュータと同じ理論で説明できないかなどという話もあるそうだ。この辺のことはむしろオオスミ先生の専門だ。
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# by norikoosumi | 2006-04-02 12:54 | 河北新報往復書簡

数学分かる?(河北新報2006年3月12日掲載「前略早々 博士から博士へ」

【オオスミより】
 今、数学がアツイ。数学そのものや数学者を紹介する本などが、たくさん本屋さんに並んでいる。しかし、コタニ先生が「説明すれば誰にでも分かる」と言われても、何せ三千年の歴史のある積み上げの学問であるため、博物学のように「パンダには第二の親指がある!」と聞いて「ふうん、そうなんだ」という理解にはならない。
 実は、数年前に日米先端科学シンポジウムという異分野交流の会に参加したのだが、そのときの数学のセッションのテーマが「量子コンピューター」だった。悲しいことに、何を面白がればよいのか分からなかった。唯一覚えているのは、「ムーアの法則」というものがあって、現在のコンピューターの処理速度は十八カ月で二倍に向上しているのだが、これだと2030年に限界に達するということだった。
 昨年、似たような別の機会(日米先端工学シンポ)で、やはり量子コンピューターの話を聞いた。量子コンピューターは個人で使うパソコンのようなものではなく、H2ロケット並の「一国家に一台」というレベルらしい(そのくらい予算もかかる)。小さなシリコン粒子をきちんと並べ、それを磁石で動かすことによって計算処理をするという。ナノテクの進歩で量子コンピューターは実現可能な時代に入った。
 その会で生物系の参加者が質問した。「量子コンピューターを造って、何を計算させるのですか?」「量子理論で考えられるような不確実性のある問題を解くには、量子コンピューターの方が適切と考えられるのです」
 すぐ目の前に解きたい問題があるというよりは、今後そういう問題を解くためにはハードが必要だから造ってしまおう!ということらしい。
 でも、生物学者も数学者との出会いと交流を求めているのは確か。私の知る面白い研究として、魚の体表のしま模様が「波の理論」によって説明できるというものがある。魚の成長に伴ってしまや斑点が変化していく様子は、数学者アラン・チューリングが打ち立てた反応拡散波理論によってシミュレーションできるのだ。こういう理論と、実体としてのタンパク質などの分子がどのように結びつくのか、今後の展開が楽しみだ。
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# by norikoosumi | 2006-03-12 17:53 | 河北新報往復書簡

数学分からない?(河北新報3月5日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【コタニより】
 けいはんなプラザ(京都府精華町)で行われた第四回「数学者のための分子生物学入門」に参加した。四回目の集まりはオオスミ先生の専門「脳」がテーマ。
 数学はこれまで物理と手を取り合い、お互いを刺激しながら発展してきたけれど、二十一世紀は「数理生物学」だという声をあちこちで聞く。すべてを統一的に扱う大理論を見つけることに巧みだった数学や物理に対して、あまりに多様で、例外のコレクションのような生物を、個別論ではない「理論」の枠組みに乗せられるのか。そういう多様で複雑なものを記述するには「新しい数学概念」が必要なのではないか? 数学は「生物」と接することに、飛躍の可能性を感じているのだ。
 ところで、非数学系講演者が皆口々に、ちょっと恐れをいだいて来ましたという。「数学者って胃が弱そう」「目が泳いでいる」「紙と対話して生きていける」「数式を見ると顔が輝く」などの印象を持ってきたそうだ。当たっていなくもないが、そんなに浮世離れしているわけでもなくホッとされたよう(と、われわれには言ってくれた)。
 最近、知ったのだが、米国では論文シェアが計算機・数学・生命科学で高く、一方、日本では化学・材料・物理のシェアは非常に高いが数学のシェアは低いらしい。「数学は分からない、苦手」と言われることが多いのは事実。大学での数学の授業がいけないのだろうかと反省しきり。
 数年前にフランスの数学者が京都賞を受賞した。研究内容は「説明しても分からないよ」という受賞者に、カルロス・ゴーンが「だって数学だろう。だったら分かるはずだ」と答えたことにいたく感動した。
 ほかの学問が、経験や曖昧模糊(あいまいもこ)とした約束事の上に成り立っているのに比べ、数学は言葉とルールが明確だ。すべてをきちんと説明しきれる唯一の学問であり、説明すれば誰にでも分かる。そういうことを皆が知っているフランスの文化が、ちょっとうらやましかった。
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# by norikoosumi | 2006-03-05 10:32 | 河北新報往復書簡

無事に戻った手帳(河北新報2月26日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【オオスミより】
 年に数回海外出張するが、いまだにスーツケースが無くなった経験はない。
 ……とはいうものの、失敗もある。昨年五月にギリシャのサントリーニ島で学会があり、パリで共同研究先を訪問してから、さあ、初めてのギリシャ!というときに、運悪くアテネ空港のストライキにぶつかった。スーツケースは機内持ち込みにして(小さめのものにしておいたのは正解)、遅れた便でアテネまでたどり着く。
 さて、そこで分かったのは、その日乗り継ぎ便はどの航空会社もすべて欠航。翌朝の便もすべて満席だったが、夜行の船で渡るという選択肢は、どうしても避けたく(以前whale watchingのボートで船酔いした経験あり)、こっちの航空会社のカウンター、あっちのカウンターと長い列にそれぞれ並んでの交渉(なにせすべてにおいて能率の悪いこと……)。数時間かかって、ようやく明朝六時の飛行機の予約に成功し、メデタシ、メデタシ。
 ……のはずだった。が、翌朝目が覚めると、時計は六時を回っていた。こういうときにジタバタしても良いことは何もないと頭では分かっているが、きっと人から見たら「天才バカボン」に出てくる、足がモーレツに回転している様子、に近い状態なのではないかと想像する。とにかく、身支度を整え、スーツケースをパッキングし、空港で再度の交渉(涙)。Waiting listに載せてもらい、ドキドキしながらゲートのカウンターまで行って待った末、ようやく無事にサントリーニ島に着いた。メデタシ、メデタシ。
 ……が、学会二日目に手帳を無くしたことに気が付いた。これがないと、すべてのスケジュールが分からなくなる! やれやれ、アテネの朝、寝坊で仰天したために、手荷物に入れるのを忘れたらしい。仕方なくホテルにファクスを入れると、翌日「お預かりしております」という返信が届いた。
 手帳はその後、持ち主とは別行動で、海を渡って無事に戻ってきた。頼もしいヤツだ。余分な出費は約七千円であったが、安いと思うべきだろう。
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# by norikoosumi | 2006-03-05 10:29 | 河北新報往復書簡

迷子のスーツケース(河北新報2月19日掲載「前略早々 博士から博士へ」)

【コタニより】
 研究集会で二週間イギリスのダーラムに滞在した。
 今回の旅のエピソードはlost suitcase。到着空港でスーツケースがでてこない。実は、スーツケースが迷子になるのはこれが四回目。慣れたものでうろたえたりはしない。万が一に備えて、絶対なくしたくない論文と計算ノートは手荷物の中。
 スーツケースは航空会社が発見した後に宿泊先まで配達してくれるので、むしろラッキー!なのだ。というわけで、よれよれのスエットとサンダルばきで手荷物を提げ(日曜の朝のお父さんみたいな格好だが、これで飛行機に乗った)、目的地のダーラム大学グレイカレッジにたどり着いた。
 ありがたいことに、数学者は皆がよれよれの服装なので、染み付きスエットに穴あきジーンズの私も一向に目立たない。到着早々、自慢げにlost suitcaseの話題を提供するが、くやしいことに皆が同じようなエピソードを披露する。どうやら日常茶飯事らしい。
 翌朝十一時、スーツケースが無事にグレイカレッジに配達され、やはりホッとする。日曜日のお父さん姿から、華麗なコスチューム(?)に変身した私を見て、皆が「スーツケースみつかったんだね」と言う。やっぱり、目立っていたのだろうか、あのよれよれTシャツ。
 四回目の今は「ラッキー」と思えるが、初体験のときはパニックになった。あれはまだ博士課程一年生のとき。そのころはスーツケースがなくなる事態に備えて、「商売道具(=論文と計算ノート)は手荷物に」などという知恵はない。
 「きっと出てくるよ」というホスト教授の慰めも耳に入らず、講演原稿を作り直してやっと眠りに着いたのを覚えている。ああ、あれから二十年余り。たくましくなった。二回目の体験では、けしからんと腹をたて、三回目はよくあること、四回目はラッキーと思えるようになったのだから。
 ちなみに私は貴重品をなくすほうも経験豊かで、テキパキと手続きを取れるが、これは全く自慢にはならない。
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# by norikoosumi | 2006-03-05 10:24 | 河北新報往復書簡

科学者コミュニティーの自浄作用(毎日新聞2月11日掲載「論点」元原稿)

 科学者にとって、論文作成は一つの節目である。多くの大学院生にとっては、研究職というキャリアの道を進む上で超えなければならないハードルであり、国民の税金をもとにした資金で研究を行う研究者にとっては、その報告を兼ねた大切な義務ともいえる。
 論文はいろいろな形で発表されるが、一般的な生物系の分野において最も重要なのは「原著論文」と言われるものである。権威ある国際的な専門誌に原稿を投稿し、二、三名の専門家による査読を受け、その批判に答えるために、場合によっては、さらに追加の実験を行って改訂稿を提出する。このような「査読制」は論文の価値の客観性を高めるために始まったことではあるが、逆に言うと、論文は二、三名の査読者と編集者を満足させることによって世に出ることになる。
 科学研究費の多くが競争的資金になりつつある現在では、いかに業績を上げるかが勝負の分かれ目になる。生物系研究者の業績評価に、論文の掲載された雑誌の格付け(インパクトファクター:IP)や、論文の被引用件数という客観的数字が導入されるようになって、ゆがみやひずみが生じてきている気がする。以前よりも、IPの高い雑誌に投稿すべきであるというプレッシャーが強くなっているのだ。当然のことながら、高いIPの雑誌に論文を通すことは、より厳しい査読者の要求を満足させなければならないことを意味する。
 生物学発展の過程において、論文作成の「お作法」がそれぞれの専門分野で確立していった。例えば、ある生命現象に何らかの物質が関わることを証明するのであれば、その物質の局在とともに、必要条件、十分条件を合わせて示すことが必要である。お作法が確立したということは、その分野が成熟したことを意味するが、逆にお作法に則ることによって、あたかも何かを証明したように見せるのが可能なことを意味する。最近15年ほどの間のコンピュータとソフトの進歩により、生データは多くの場合ディジタル化されるようになった。これは、論文作成の労力削減に大いに貢献したが、同時にデータの捏造・改竄も容易にしたことは否めない。
 普通の研究者はデータの捏造や改竄はしない。自分の見つけた新しい発見を、他の人から見て客観的に正しいと思ってもらうために、何度も再現性があるかどうかをまず確かめる。問題なのは、自ら立てた仮説に囚われていて功名心に焦るボスと、ボスの気に入るデータを見せれば自分の業績や出世に繋がると分かっている実行部隊の研究者の利害が一致するケースである。極端な場合、ボスのチェックは甘くなり、「行け行け、ドンドン」と捏造論文が量産される。
 日頃、大学院生や博士研究員には、「N(例数)はいくつ? 定量してみた? 他の対照は取ってみた?」と尋ねている。つくられたデータは、細かくチェックすれば発見できるものだし、怪しければ生データに立ち戻ればよい。未発表データが外部にもれないようにと、研究室内やグループ内で厳戒令を敷くのは、研究の現場に必要以上のプレッシャーをかけ、不正行為が生じる温床となるように思う。研究室の中や周囲の研究室との風通しが良ければ、複数の他人の目が届き、自浄作用が働くものだ。
 論文は科学者にとっての大切な「作品」である。手塩に掛けて、誠意を込めて生み出すものである。良い論文とは、本来、掲載された雑誌の格付けで決まるものではない。また、新しい概念を打ち出すようなオリジナルな論文であれば、発表されて数年の間の被引用件数が少ないこともあるだろう。科学者コミュニティーは自らの倫理観と自尊心にもとづき、不正行為を防がなければならない。さもないと、非専門家により、研究の中身ではなく数値化された業績によって評価され、それはさらなる不正行為を生むもとになる。同時に、科学の世界は必ずしも市場原理に則ったものではないことを、社会は認識し、許容すべきである。過度の競争は良い科学を醸成することには繋がらない。

註:新聞掲載版とは若干異なります。
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# by norikoosumi | 2006-02-12 17:23